生きることを諦めないこと

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食べるが変わる

 2050年に世界人口は100億人に迫る。その胃袋を満たすには、今より6割の食料増産が必要だ。限りある資源で、食料危機は回避できるのか。世界で答え探しが始まった。


コオロギをメニューに採り入れた料理人のミラー氏(米オハイオ州
 「リー、リー」。東京から約8000キロメートル離れたフィンランドヘルシンキ。とある施設に一歩、足を踏み入れると、ずらりと並んだプラスチックの箱から鈴の音のような鳴き声が響き渡る。声の主は、約50万匹ものコオロギだ。

 飼っているのは14年12月創業の現地ベンチャー、エント・キューブ。「コオロギこそが食料危機の救世主だ」。最高経営責任者(CEO)のロバート・ネルマンダ(27)は力説する。

昆虫が代替品に
 なぜコオロギなのか。驚くのは栄養分だ。100グラム当たりに含まれるプロテイン量は21グラムと、牛肉や粉ミルクとほぼ同じ。しかも飼育コストは家畜より桁違いに安い。牛1頭を100グラム太らせるには1キログラムの飼料と1534リットルの水が必要だが、コオロギはそれぞれ100グラム、1リットルで済む。開発した飼育用コンテナはアフリカのNPOなどにも販売する計画だ。

 昆虫食は国連食糧農業機関(FAO)が13年、家畜の代替食料としての可能性を示して注目された。かつては製鉄で栄えた米オハイオ州ヤングスタウンにもコオロギ養殖ベンチャーが登場。街の復興に期待がかかる。

 レストラン「スージーズ」では、ホットドッグにコオロギの姿揚げをトッピングできる。小エビのような食感で、料理人のブラッドレー・ミラー(31)は「若者だけじゃなく、年配の人も注文するよ」という。日本でも日清食品ホールディングスが昆虫からたんぱく質を抽出して食べやすくする技術を研究する。

 食料問題の解決は、企業にとって巨大なフロンティアだ。

 米サンフランシスコのベンチャー、ハンプトン・クリークは「植物卵」を生みだした。卵の栄養素を豆などの植物性たんぱく質で代替した。植物卵でつくったマヨネーズやクッキーは米スーパーで買える。

 オフィス兼キッチンにはパソコンやサンプル食材がずらり。グルメ本「ミシュランガイド」で星を取った料理人や生物学者ら異色の人材が人工知能(AI)も駆使し、最良の植物性たんぱく質探しやメニュー開発を担う。

 CEOのジョシュア・テトリック(35)は「安全でおいしく、一般の人でも買える新しい食品産業のシステムをつくる」と語る。その可能性に、三井物産も出資した。

「都市農場」登場
 食料をつくるのは農地だけではない。ビルの屋上や空き地など、市街地のすきまを利用した「都市農場」も登場した。

 機械部品商社の堀正工業(東京・品川)がハワイ州立大と共同開発した装置は上段で発光ダイオード(LED)照明を使った水耕栽培、下段は魚を養殖する。価格は100万円から。エネルギーや水の消費が最小限で済み、砂漠や船上も「農場」になる。ロシアや中東からも引き合いがある。

 社長の堀雅晴(60)は語る。「世界で農地確保の争奪戦が始まる。対抗するには都市で食料を賄うしかない」。危機を好機に――。新産業を創る種はまだあるはずだ。

(敬称略)

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