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<清原容疑者>野球が好きなのに、野球を愛していなかった
毎日新聞 2月23日 11時30分

 ◇キヨへ。スポニチ特別編集委員 落合紳哉

 プロ野球通算525本塁打を放った偉大なスラッガーが今や容疑者と呼ばれている。西武、巨人、オリックスで活躍した清原和博容疑者(48)。無類の勝負強さで何度も日本一に輝き、高校時代の記録も含めてスーパースターだった。その男が「覚醒剤」という地獄へ転落、すべてを失った。西武に入団した1986年から7年間、担当記者として接した。あれほど家族を大切にし、野球に打ち込んだ男はどこへ行ったのか。(スポーツニッポン新聞社 特別編集委員 落合紳哉)

 ◇やんちゃはするけど、それでもかわいい息子

 2月1日、プロ野球の正月ともいえるキャンプがスタートした。それからわずか1日。翌2日夜に飛び込んできた「清原、覚醒剤所持の容疑で逮捕」のニュースは衝撃的だった。それからの1週間、スポーツ新聞は連日1面で清原容疑者の情報を伝えた。ニュース、ワイドショーでもトップで報道され、警察車両に乗せられた丸刈りの清原容疑者が何度も画面に映る。その姿を見る度に、この車中で彼は何を考えていたんだろうと思った。現役時代はヒーローとしてカメラのフラッシュを浴び、今度は容疑者としてフラッシュを浴びる。この時、大阪・岸和田の両親の悲しみを思わずにはいられなかった。

 西武担当の7年間は、やんちゃな主砲を母・弘子さんが支えた姿を間近で見てきた。大阪遠征の度に宿舎に顔を出し、昼食を共にする。清原容疑者には、これ以上ないリフレッシュできる時間だったに違いない。合宿所生活ではマイカー禁止でも2年目のオフに免許を取得すると、内緒で合宿所の近くに車庫を借りBMWを所有。門限破りは1年目から。ルーキーの4月末、仙台遠征で深夜0時の門限に間に合わず、宿舎ホテル玄関前から夜の街にUターン。翌日、コーチからの鉄拳に加え、罰金も取られた。そうしたことがある度に球団から実家に連絡が行き、弘子さんは気の休まる暇がなかった。

 それでもかわいい息子。弱音を吐けば弘子さんが叱咤(しった)するというのがパターンだった。ドラフトで巨人がPL学園のチームメート・桑田真澄投手を指名し「巨人に裏切られた」という思いから、抜け殻のような数日を過ごしたときは「アンタが勝手に(巨人に)恋をして振られたんやないの」と言って立ち直らせた。あれも1年目だったか。写真誌にセクシー女優とのデート現場をスクープされ、西武球場に初めて芸能リポーターが押し寄せた。清原容疑者は私の顔を見て「どうしたらええ?」と真顔で聞いてきた。大きな子供。それが清原容疑者の姿だった。

 ただ、やんちゃでは済まないと思ったときは本人に話した。ヒーローになって西武ベンチに報道陣が殺到した際、誰かが清原容疑者のバットを誤って蹴っ飛ばした。最も大事にしている愛用バット。思わず「なにすんねん!」とベンチに怒声が響き渡った。担当記者は理解できても、担当以外の記者には異様に映った。このことを週刊誌が「生意気な清原」と原稿にした。その場にいた誰かが書いたと思った清原容疑者は、疑心暗鬼であいさつすらしなくなった。大阪遠征の宿舎。喫茶店で清原容疑者と向き合った。「知らない記者に何を書かれるのかと思うのも分かる。でもな、みんなキヨの人生の先輩だろ? ベンチに座っている記者を見たら『こんにちは』だけでいい、そう言ってグラウンドに出てみろ。みんな清原って、礼儀正しいじゃないかと思うぞ」と。その日の藤井寺球場。「こんにちは」と言ってグラウンドに出て行く姿があった。

 何年目か。車で清原容疑者を送っていく途中。「今度タイトル取ったら知り合いがベンツをプレゼントしてくれるねん」とうれしそうに話した。横には当時、付き合っていた女性が乗っていた。もう年俸は1億円を稼いでいたと思う。この話を聞きながら怒りと悲しみが込み上げ、女性が一緒でも言わずにはいられなかった。「おいキヨ、そんなにうれしいか? その知人はちゃんとした人でも、知り合いに危ない人がいたらどうする? ベンツもらって食事に誘われ、危ない人がいますから行けませんって断れるか? ベンツくらい稼いだ金で買えよ。お前は野球界を背負っていく男だぞ」。言えば分かってくれると信じていたのだが……。

 5年目で1人暮らしを始めてから弘子さんのフル回転に拍車がかかる。岸和田から時に空路で、時に新幹線を使って上京。息子が野球に集中できる環境作りを懸命に行った。私も何度か家にお邪魔したが、母子の何とも言えない空気感。栄養を考えながら好物をそろえ、黙々と食べる姿をうれしそうに見つめる母。ボソッと話す息子に10倍返す母。シーズン中、久しぶりの休日には愛車に母を乗せ日帰りで山梨の温泉まで出向いたこともあった。ちょっとした母親孝行。清原容疑者は口には出さなくても、母への感謝は十二分に感じていたはず。巨人にフリーエージェント(FA)移籍した後も、弘子さんは身を粉にして息子に尽くした。だから私は清原容疑者の愚かな行為が許せない。

 巨人に行って人生の歯車が狂ったのでないかと言った人がいた。それもあったろう。西武ではお山の大将、それが伝統ある巨人に飛び込み自分のスタイルを貫けば、どこかで軋轢(あつれき)が生じる。生え抜きと外様。「入ってみると外から見ているのとは全然違った」と言った。それもFAで選択した道。ある選手が引退、チームメートとして一緒に戦ったのに、選手主催の引退パーティーに呼ばれることはなかった。「そのとき、外様を痛切に感じた」と彼は言った。

 巨人の4番が打てなかったら紙面でたたかれるのは当たり前。周囲からのプレッシャーは想像以上だった。故障も増えた。「さあ試合や、と思ってベンチに入って、スコアボードを見たらスタメン外れてたわ」と直前まで知らされないこともあった。信頼関係の崩壊。巨人から戦力外通告を受け、被害者意識はさらに強まった。オリックス時代も異様な言動は耳に入っていた。暴走を誰も止められない状態。私にはそう見えた。

 週刊誌に覚醒剤使用疑惑を書かれてもやめなかったことになる。体に入れ墨を入れ、球界復帰を口にする。これも異様。誰が竜の入れ墨のある者を雇おうとするのか。覚醒剤をいつから始めたかは捜査を待たないとわからない。離婚して子供と会えないのが寂しいと薬に頼った? ふざけるな。世の中、海外や国内の単身赴任で家族と会えない人はどこにもいる。だから私は同情はしない。

 オリックスで引退を決め、母にそれを報告したとき、ともに泣いた母子。野球が好きでたまらない男だったのに、野球を愛していなかった。野球があって自分があると思ったら、こんな道に外れたことはしない。

 これからどうするのか。まずやるべきことはプロ野球ファンへの謝罪。そして歯を食いしばってでも更生への道を行くしかない。もう「番長」なんて呼ばれる姿は見たくない。

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最終更新: 2月23日 12時2分

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