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シャープの価値握る技術

 台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下で再生を目指すシャープのカギを握るとみられる技術が、ディスプレー用半導体IGZO(イグゾー)」だ。日本の研究者が長年にわたって開発を積み重ねてきた日本発の材料で、有機ELを使ったディスプレーの性能を飛躍的に高めるとされる。IGZOの強みとは何なのかを探った。


 4月に買収が決まったとき、鴻海とシャープのトップが記者会見を開いた。約2時間半の会見の最後の30分は、シャープのIGZOを巡る質疑に終始した。鴻海の董事長、郭台銘さんは「IGZOによってディスプレーが高精細で省エネルギーになる」と強調。「次世代技術で市場競争に勝っていく」と期待を示した。最後は「IGZOをよろしく」と締めくくり、買収の狙いをうかがわせた。


IGZO」を採用したスマホ
 IGZOというのは、原料となるインジウムガリウム亜鉛、酸素の元素記号の頭文字を並べたものだ。酸素を含む酸化物半導体の一種で、液晶の画面を制御する中核だ。日本では「イグゾー」、海外では「アイ・ジー・ジー・オー」と呼ばれる。


東工大の細野教授
 IGZOは高性能化が進むスマートフォンスマホ)やタブレット(多機能携帯端末)、薄型テレビのディスプレーで威力を発揮する。

液晶画面の生命線
 ディスプレーでは、画面を構成する微小な素子(画素)の一つ一つが光り、文字や動画などを描き出す。この素子の動作を制御するのが、薄膜トランジスタTFT)と呼ばれる部品だ。IGZOTFTの材料で、ディスプレーの性能を決める生命線だ。

 TFTは、材料の半導体に電子を速く流せるほど素早く動作する。IGZOは以前のアモルファスシリコンという材料に比べ、電子が流れる速度が10~30倍も速い。画素がより小さく速く動くようになり、高精細な画面が実現。高速で応答するため、大画面でも遅れなく表示できる。

 ディスプレーの消費電力も従来より3~4割減り、スマートフォンなどが1回の充電で長く利用できるようになる。タッチパネルの感度が高まり、操作性も向上する。

 シャープは2012年、世界に先駆けてIGZOTFTを用いた液晶画面を搭載したスマホを発売した。その後タブレットの画面にも採用し、現在、有機ELディスプレーへの応用を進めている。

 IGZOが表舞台に出てきたのは最近だが、ここに至るまでには30年近くにわたる日本人研究者の地道な研究開発がある。最初に合成したのは科学技術庁無機材質研究所(現物質・材料研究機構)の君塚昇さんで、30年前の1985年に論文を発表。95年には結晶構造を解明した。

 ディスプレーに応用できると気づいたのは、東京工業大学教授の細野秀雄さんだ。TFTに使う透明な半導体材料を探していて君塚さんの論文に出合い、結晶構造をみて「これはいけそうだ」と直感した。電流をオンオフでき、オンのときには電子が速く流れるというTFTに最適な特徴を備えていたからだ。

韓国勢も関心高く
 直感は当たった。細野さんは2002年に科学技術振興機構JST)の支援でTFTを試作。03年にはシリコンのTFTより性能が高いことを実証した。04年に一連の成果を英科学誌ネイチャーに発表し、IGZOの名前は一気に世界中に知れ渡った。

 当初、製品化に積極的だったのは、サムスン電子やLGエレクトロニクスの韓国勢だった。担当者が細野さんの研究室に足を運び、熱心に質問した。一方、日本の液晶メーカーは「あまり興味がないようだった」(細野さん)。そんな中、シャープはIGZOに関心を持った数少ない日本企業だった。

 IGZOについての数十件の特許は、いずれもJSTが所有している。12年にシャープはJSTと特許使用の契約を結び、製品化に乗り出した。ただし独占的な実施権ではなく、前年にサムスンも同様の契約を結んでいる。

 鴻海が買収しても、IGZOの特許実施権をそのまま利用できるのか。JSTは「現段階では影響があるかどうかわからない」としている。業界関係者からは「鴻海は改めてJSTと契約を結ぶ必要があるだろう」との見方も出ている。

(竹下敦宣、黒川卓)