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生きることを諦めないこと

本当の言葉を書きます

人一倍な

 「11年間、スピードもなく、背も筋力もなくやってきたつもり」……。日本ハム武田勝(38)が引退会見の場でみせた笑顔には小兵の不利を克服した満足感が漂っていた。球速、身長、筋力、どれをとってもプロの平均値を下回っていたと思われる投手の成功の秘訣は何だったのか。

 

基礎的な資質や才能に恵まれていなくても人一倍の努力と「つもり」で大成した=共同
■「この球速で抑えられるのか」という驚き 

 身長176センチ、73キロ。引退会見で武田勝は「これで、もとの武田勝に戻れる」と話したが、スーツ姿で街中に溶け込めば、誰もプロ野球選手とは気づきそうにない体格だ。

 見た目だけではなく、筋力もない、とはどうやら本当らしい。「体もぽやぽやで」(同僚でよく行動をともにしていたという増井浩俊

 直球は130キロに届くかどうか。そんな投手が、打たせながらも相手打線がぐうの音も出ないような抑え方をしていた。打者の振り遅れ気味のスイングをみれば、球速表示のみではわからない「実効速度」の高さがうかがわれた。

 11年間の通算成績は82勝61敗1セーブと、際だったものではない。しかし「このスピードで抑えられるのか」という驚きで、常にファンをひき付けていたという点で、プロ中のプロだったといえる。

 武田勝関東一高から立正大、野村克也さんが監督を務めていた社会人のシダックスを経て、大学・社会人ドラフトの4巡目で2006年に入団した。

 「28歳で入ったので、1年目からマウンドで結果を残さなければ、プロの世界は厳しいんだ、という意識をもって夢中でやってきた」

 1年目の3月、楽天との開幕シリーズで、敵将となっていた恩師、野村監督の前で救援勝利を挙げるなど、この年5勝。以後、責任回数は確実に2、3点内に抑えるという安定感で優勝に貢献してきた。

 その投球の秘訣の一つが出どころのわかりづらい、野手のような小さなテークバックにあったのは間違いない。

 師匠は社会人時代に臨時コーチを務めた高橋一三さんだった。巨人、日本ハムで活躍した左腕、高橋さんのフォームも決して流麗とはいえないものだった。武田勝とは全然違うが、ちょっとぎくしゃくして間合いが取りづらそうな感じでは共通したものがあったようだ。そこにはきれいなフォームがいいフォームではないし、メシが食えるフォームというわけでもない、という思想も感じられる。「野村さんと高橋さん、その2人がいなければ今日ここ(引退会見の場)にはいなかった」と武田勝は話した。

 「これで、もとの武田勝に戻れる」という安堵の表情は恵まれない体格、体力を補うために、どれだけ神経と体をすり減らしてきたか、マウンド上でどれだけ「素」の自分から飛躍しなければならなかったかを示唆している。

 かつて日本ハムを率いていた楽天梨田昌孝監督はその肘に痛々しさを覚えていたという。「ずっと曲がりっぱなしで、可動域がないんじゃないかと思えるくらい」。増井も同じように証言している。武田勝の肘は相当早い段階から、職業的な障害に侵されていたことになるだろう。

 

130キロ前後の直球でも幻惑的な投球術で打者を打ち取ってきた武田勝=共同
 

 130キロの速球をせいぜい速くみせながらの投球には当然幻惑的要素が伴っていた。ひとたびそのイリュージョンが解けてしまうと、打者には打ちやすいボールとなった。これも梨田監督の証言。「代え時が難しい投手だった。五、六回まで抑えていても急に崩れることがあったから」

 これは武田勝がもろい投手だったということではなく、常に紙一重のところで打者を打ち取っていたことを意味している。快調にみえるときでも、抑えるか、打たれるか、常にぎりぎりのところに武田勝の勝負はあった。相手が4番でも9番でも、力を加減することはなく、百パーセント腕を振らねばならなかったはずだ。骨身を削ってきた結果が肘に表れている。

■紙一重の勝負に勝たせていたものは?

 紙一重の勝負に勝たせていたものは何か。その答えは130キロ、120キロの球でも速く見えたのはなぜか、との質問に対する答えで足りるようだ。

 「球が遅いとずっと言われ続けて、つらい時期も正直あった。でも僕のなかでは、その120キロや130キロっていうのを150キロのつもりで投げていた。なので、少々の強がりと負けず嫌いで、ここまでやってこれたと思う」

 「つもり」だけではただの勘違い人間で終わりかねないが「つもり」がなくてはまた、何事もなし得ないのかもしれない。

 プロ野球選手に限らず、基礎的な資質や才能に恵まれた人ばかりではない。そうした人物が大成するとすればおそらく、人一倍の努力をしたうえで、さらに「つもり」が必要なのだ。それは150キロのつもりでも、エースのつもりでもいいだろう。武田勝がこの11年間「もとの武田勝」の何倍もの力を出し続けてきたであろうことを考えると、夢に形を与える「つもり」の重要性がうかがわれる。

 はるかに体力的に恵まれていながら、鳴かず飛ばずでいる選手は努力が足りないか、努力していても「つもり」が足りないか、そのどちらかに違いない。