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生きることを諦めないこと

本当の言葉を書きます

赤塚不二夫の娘に生まれたということ


赤塚りえ子 父・赤塚不二夫を語る

 

赤塚不二夫さんの娘でフジオ・プロ社長の赤塚りえ子さんがTBSラジオ『たまむすび』に出演。玉袋筋太郎さん、小林悠さんと父・赤塚不二夫さんについて話していました。



(玉袋筋太郎)でも、お父さんが漫画家さんっていうね。普通、周りっていうのはサラリーマンの人とか、いろんな商売やっている人、いますけども。やっぱりちょっと変わった環境ですよね。

(赤塚りえ子)そうですよね。でも、その変わった環境が変わっているって気づいたのは実は最近のことで(笑)。

(玉袋・小林)(笑)

(赤塚りえ子)最初から、家に赤塚不二夫がいると、なんかそれが当たり前になってしまって。で、ちゃんとした社会を知ると、『あら?うち、変かな?』っていうことが後で・・・っていうか、最近なんですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)最近気づいた(笑)。当事者っつーのはそういうもんなのかもしれませんね。

(小林悠)だって家族ですものね。いちばん近い存在ですもん。

(玉袋筋太郎)まあまあ、でもそのね、赤塚先生が・・・考えてみりゃあ、トキワ荘ってすごいところですよね。

(赤塚りえ子)ねえ。本当にあの当時、やっぱり漫画っていうものが文化的にまだ、いまのように認められてない時にあれだけ漫画を目指していた仲間の方たちが、ひとつ屋根の下で一緒にがんばって。で、いまその方たちが結構みなさん、伝説的な・・・

(小林悠)伝説的な存在になってますもんね。

(玉袋筋太郎)トキワ荘がなければですよ、りえ子さんもいないわけですから。

(赤塚りえ子)そうですね(笑)。

(玉袋筋太郎)考えてみりゃあ。ねえ。でも赤塚さん。お父様とお母様。アシスタントでね。

元アシスタントの母

(赤塚りえ子)そうなんですよ。うちの母が父の女性アシスタントの第一号で。それで入ったんですけども。うちの母も、ものすごいギャグセンスがある・・・(笑)。

(玉袋筋太郎)そうでしょうね。

(小林悠)お写真を見ると、とっても美人な奥さまで。

(赤塚りえ子)ありがとうございます。

(小林悠)そんなのが想像できない感じでしたけどね。

(玉袋筋太郎)まあ、ぶっ飛んでいるお母さんだったってことですよね?

(赤塚りえ子)そうですね。かなりサイケデリックな感じだと思いますよ(笑)。

(玉袋筋太郎)いや、でもさ、イメージとしてはバカボンママをね、想像しちゃうんだけど。理想の女性ですから。全男性の理想のカミさんっていうのはバカボンのママだから。

(小林悠)母性もあり。

(玉袋筋太郎)そういったところって、お母さんにはあったんですか?バカボンママ的な、こう・・・

(赤塚りえ子)どっちかって言うと、そうですね。なんか父と同じようにギャグをやったり。割とその、漫画のアイデアとかそういうのに貢献したっていうか。そんなにバカボンのママみたいな感じではなかったから。うちの母は割とファザコンで。うちの父はマザコンで。で、ファザコンとマザコンの結婚だからちょっと、上手く行かなかったっていう(笑)。

(玉袋筋太郎)面白い(笑)。

(赤塚りえ子)ただ、仕事ではすごいカップルだったと思うんですけど。

(玉袋筋太郎)だねえ。

(小林悠)ご結婚された後も、仕事上のアシスタント、そして漫画家っていう関係は続いていたんですって?

(赤塚りえ子)はい。そうです。で、私が生まれるまではずっと母も仕事に関わっていたんですけども。私が生まれることになって、仕事から全部、母は引いたと。

(玉袋筋太郎)で、フジオ・プロですよ。フジオ・プロがなけりゃ、『釣りバカ日誌』もありませんよ!ねえ。ないんですよ。北見先生だって。そういうことですよ。

(小林悠)全部つながっていく。

フジオ・プロの面々

(玉袋筋太郎)『ダメおやじ』だってないわけですよ。古谷先生だって、わかんないよ。本当に。そっから広がっているっていう。ああいうプロダクションをやるっていうお父様の考えって、すごいですよね。当時で言うとね。

(赤塚りえ子)そうですね。あの、とにかくやっぱり父って遊びが大好きで。

(玉袋筋太郎)遊びでしょう?

(赤塚りえ子)で、面白いことが大好きなので。で、なんかだから、どっちかって言うと仲間みたいな感じで。みなさん、また歳とかも近かったので。一緒になって楽しいことをたくさんしながら漫画を作り出していったっていう感じなんですよね。

(玉袋筋太郎)一緒になって遊んでいるって、大の大人がね、裸になって銀玉鉄砲を撃ちあっているっていう。どういう会社なのか?っていうね。プロダクション。

(小林悠)その2。銀玉鉄砲は撃ったり撃たれたりのサバイバル。お父さんは遊びの天才なのだの筋がありますけども。それはスタッフ同士で銀玉鉄砲を撃ちあっていたんですか?

(赤塚りえ子)そうなんです。これはすごくはっきり覚えているんですけども。当時の自宅の2階に8畳ぐらいの和室がありまして。10畳ぐらいかな?そこに大きな和室のテーブルを2つに、両サイドに立てまして。

(玉袋筋太郎)西部劇だよ(笑)。

(赤塚りえ子)そうです。盾になって。二手に分かれて、アシスタント。本当に、北見先生とか古谷先生とか。うちの父とかが隠れて銀玉鉄砲の撃ちあいをしてるんですけども。私の小さい時に見た時はもう一面、畳の上が全部銀玉ですよ。

(玉袋筋太郎)それが『大人買い』っつったのが面白いですよね(笑)。

(赤塚りえ子)そうそう(笑)。大人買いで。

(玉袋筋太郎)銀玉鉄砲の大人買い(笑)。それで・・・そっからバカボンのお巡りさんが生まれたかもしれないですね。

(小林悠)おおー。つながってるんですね。

(玉袋筋太郎)俺もよく『似てる』と言われる。

(赤塚・小林)(笑)

(玉袋筋太郎)そうそうそう。ねえ。

(小林悠)しかも、上半身裸で?

(赤塚りえ子)そうなんです。当たると痛くて面白いんで、上半身みんな裸になってやったそうですよ。私、すごいはっきり覚えてます。

(小林悠)『面白い』って、リアクションが面白いのか、なんなんでしょうね?それは漫画のアイデアにつながるという?

(赤塚りえ子)リアクションだったり、痛い方が面白いって。でも、どうしてなんでしょうね?(笑)。痛いのが面白いってすごいですけど(笑)。

(玉袋筋太郎)やっぱ編集担当の人も、赤塚先生と会議して、面白いギャグをガンガン出し合ってから作品にするっていう。13ページにまとめるっていうね。連載をっていう。そういったところってあるんだね。だから、真面目にやっているところは絶対にあるんですよね。あるんだけど、やっぱ遊んじゃうっていうところが。

(赤塚りえ子)そうですね。

(玉袋筋太郎)なんなんだろうな?お酒も飲むしね。

(赤塚りえ子)そうですね。すごいお酒は本当に・・・でも、仕事中には一滴も飲まないんですけれども、仕事が終わった瞬間に飲みに行って。こう、気分を・・・

(玉袋筋太郎)でもお父さんにね、飲みに連れて回されたっていう。ちっちゃい頃っていうの。いいですね、その話も。

(赤塚りえ子)そうですね。ありました(笑)。

(小林悠)ちっちゃい頃って、何才ぐらいの頃ですか?

(赤塚りえ子)もう幼稚園とか・・・あの、宴会場に連れて行かれて、みなさんにこう、お酌して。『いらっしゃいませー』なんてね(笑)。

(玉袋筋太郎)やってたわけね。あらららー。かわいいよ!

(赤塚りえ子)面白い。おもちゃみたいですよね。新しいおもちゃみたいに。ずいぶん本当、かわいがってもらいまして(笑)。

(玉袋筋太郎)そうかもしれませんよ。でも、どうだったんですか?周りから。赤塚不二夫の娘だからとか、やっぱりそういう目で?

(赤塚りえ子)ああー、そうですね。でも、あの頃って結構まだね、『赤塚不二夫の漫画を読むとバカになる』とかいう時代なんですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)バカなこと言ってたよね。言ってるそいつがいちばんバカだよね。考えてみりゃあさ。

(赤塚りえ子)だからそういう、なんでね、あんまりそんなに自慢して言えることではなかったんですけど(笑)。

(玉袋筋太郎)でも、自分のお父さんのテレビのアニメとか、見てたりしたんですか?

(赤塚りえ子)そうですね。だから私はすっごい父の漫画が大好きですし。小さい時から本当に自然に手元にあったので。もう赤塚・・・

(玉袋筋太郎)少女漫画に行かなかったんですか?

(赤塚りえ子)行かなかったんですよ(笑)。

(玉袋筋太郎)潔いなー。素晴らしいですよ。うん。

(赤塚りえ子)本当に、自然にギャグ漫画。ナンセンス漫画に入ったので。だからなんか割と、なんでもギャグに見えるようになっちゃったのがちょっと、後遺症ですかね?(笑)。

(玉袋筋太郎)だから50まで気づかなかったんだよ(笑)。

(赤塚りえ子)そう。ヤバい(笑)。

(玉袋筋太郎)おかしな生活なんだなっていうのに気づかない。

(小林悠)生活全てがギャグに満ち満ちているという。

(玉袋筋太郎)で、まあお父さんがね、ちょっと家を出ちゃったりとか。別れちゃうっていう。

(赤塚りえ子)離婚しました。

(玉袋筋太郎)ですよね。そん時が、いくつの時でしたっけ?

赤塚不二夫の離婚と再婚

(赤塚りえ子)ええと、私が物心ついた時にはもう父は家に帰ってきていなかったんですけども。でも、離婚は多分、8才の時だったんですけども。でも、その頃にはもう姿はなかったです。

(玉袋筋太郎)ヒットメーカーだからさ。

(赤塚りえ子)もう、離婚する前から家にはあまり、ほとんど帰ってこなかったですね。

(玉袋筋太郎)ねえ。それで久々、中学の時に会った時。『これからメシに行こう』っていう時に女を連れてきたっつーんだからね。ちょっとすごいよね。

(赤塚りえ子)(笑)

(小林悠)やっぱり恥ずかしかったんでしょうか?2人きりで会うっていうのは。

(赤塚りえ子)そうですね。初デートっていう風になって。私が中学の時なんですけども。その時に連れてきた女性が、父が再婚する眞知子さんっていう。

(玉袋筋太郎)はい。第二夫人ですね(笑)。

(赤塚りえ子)第二夫人になる(笑)。

(小林悠)眞知子さんも、もともとお母様がお父様に紹介されたと?

(赤塚りえ子)いや、途中で私が眞知子さんがすっごい面白い人で。うちの母と絶対に気が合うなと思ったんで。で、私が引き合わせたんですね。眞知子さんと(笑)。

(玉袋筋太郎)そこがすごいんだよ!

(赤塚りえ子)そしたら2人が意気投合して。赤塚不二夫っていう共通の話題でかなり盛り上がって(笑)。

(小林悠)ええっ!?

(赤塚りえ子)それで仲良くなって。それで、うちの母が『眞知子さんと籍、入れた方がいいんじゃない?不二夫さん』っていうことで。で、うちの母が書類にサインしまして。

(小林悠)保証人みたいに?

(赤塚りえ子)はい。保証人になりまして(笑)。

(玉袋筋太郎)それが普通だったって思ったって(笑)。いや、いいんです。それぞれの形があるんですもんね。

(赤塚りえ子)それが本当に普通だったので。うちは。だからその、結構、父の再婚の記者会見に母と私も同席したので。それがなんか面白いっていうんで、結構世間で驚かれて。その反応を見てびっくりして。『えっ、これ驚くことなのかな?』って。『これ、違うのかな?』っていう(笑)。『どこが普通と違ったんだろう?』っていう(笑)。

(玉袋筋太郎)まあ、そういう物差しじゃないんだもんね。赤塚先生自体がさ。やっぱり。

(小林悠)だって、ウケるためなら死んでもいいっていう方なんですもんね。

笑われることに命がけ

(赤塚りえ子)そうですね。もう面白いこと、笑われることにはもう命がけで。やってましたね。

(玉袋筋太郎)かっこいいよねー!お尻にロウソク突きさしたりとかさ。なんなの、それ?

(赤塚りえ子)アイデア、すごいですよね。(笑)。

(玉袋筋太郎)すごいですよね。

(小林悠)それ、火はついてないですよね?

(赤塚りえ子)いや、火をつけた極太のロウソクをお尻にさして。後ろ向きに、四つん這いになってこう、後ろ向きに歩いてきたっていう・・・

(玉袋筋太郎)だからもう、ゴールデン街でタモリさんとやっていたそのロウソクショーとかさ。2人でやっていたらしいもんね。こう、垂らして。

(小林悠)ええっ!?

(玉袋筋太郎)面白いよー!

(小林悠)面白い!それを凌駕する、軽井沢ムササビ事件っていうのがあったそうですが。それは、なんなんですか?それを超えているというのは?

(赤塚りえ子)これはその、タモリさんからお伺いした話なんですけど。ある年の冬に放送作家の高平哲郎さんの別荘にみなさんで行ったらしいんですよ。うちの父もいて。で、その時に雪の中で、素っ裸で次々と思いついたギャグをやるっていう。素っ裸で雪の中で本を読むとか、そんな感じの(笑)。平気な顔をして。

(玉袋筋太郎)わかりますよ!近いですよ、我々も。ええ。やってますよ!ええ。でも、いいですよね。なんだろう?その、バカだよね!本当。

(赤塚りえ子)それ、褒め言葉です。『バカだよね』って(笑)。

(玉袋筋太郎)『バカだよね』っつーのはやっぱ、最高の褒め言葉だよね。うん。

(赤塚りえ子)それを父は言われるために必死に(笑)。その『バカだよね』って言われるために命がけで、ロウソクをさしたり。

(玉袋筋太郎)ムササビの形で飛んじゃったりね。

(赤塚りえ子)素っ裸で木から『ムササビ!』って言おうと思って、飛び降りたんですけど、『ムサッ・・・』で落ちちゃったんです。

(小林悠)(笑)。距離が足りなくて?

(赤塚りえ子)そう(笑)。でも、『ムササビ!』って言えたら、たぶん死んでたかもしれないです(笑)。

(玉袋筋太郎)あぶねー。高さで言ったらね。

(小林悠)『ムサッ・・・』でよかったですね。

(赤塚りえ子)よかったです(笑)。

(玉袋筋太郎)いやー、もうたまらないよね。いちいち、いちいちいいよね。そこに出てくる人たちとかさ。タコ八郎さんが出てきたりとかさ。ねえ。だってホームレスに家、あげちゃったりとか(笑)。なんなの?その、お父さん(笑)。

(小林悠)なんか営業のサラリーマンの方も住まわせてしまったりとか。

(赤塚りえ子)そうですね。うちには毎日、『天才バカボン』のバカ田大学の先輩とか後輩みたいな感じで。毎晩、いろんな方がいらっしゃって。

(玉袋筋太郎)いろんなバカが。

(赤塚・小林)(笑)

(玉袋筋太郎)ねえ。やっぱすごいよな。天才というのは。

(小林悠)あの、天才というのはすごいっていう発言がいま、ありましたけど。私、すごいを超えているなと思ったのが、その5の筋ですね。『不二夫の娘なのにつまんねえな』でヌード撮影を決意。でも、約束が違ったって。これ、すごい話ですよね。これは、お父さんの方から?

『不二夫の娘なのにつまんねえな』でヌード撮影を決意

(赤塚りえ子)そうです。ハタチになって。ハタチの記念ヌードっていうあれなんですけど。なんか呼び出されて。どっかの上品なバーに。うちの父が長友健二先生と一緒にいらして。で、呼ばれて行ったらいきなり『お前、ヌードになれ!』っていきなり言われて(笑)。

(小林悠)普通、娘に言わないですよね。

(赤塚りえ子)私はそこで反射的に『嫌だ!』って言ったんですけど。そしたらすぐに『お前、赤塚不二夫の娘だろ?つまんねえな!』って言われたんですよ。それがすっごい悔しくて。

(玉袋・小林)(爆笑)

(赤塚りえ子)悔しくて。『つまんねえな』は『バカ』の反対で。『バカ』が褒め言葉の反対が『つまんねえな』で。それがすっごい悔しくて。それで、決意しました。

(小林悠)その場で決意をし?

(赤塚りえ子)いや、その場じゃなかったんですけど。一応、ちょっと母に聞いたら、『いや、いいんじゃないの?』って。

(玉袋筋太郎)(笑)

(赤塚りえ子)『すごい名前のある方に撮ってもらうんだから』って。そういう感じで(笑)。

(玉袋筋太郎)それで約束が違ったって、どういう?

(赤塚りえ子)それで、まあ条件として、私が写真を選べるっていうことで。それで、あんまり正面から写っていないのを選んだんです。背中とか。そしたら、雑誌に載ったものが正面からドーン!と写っているので。で、うちの父に電話で『約束と違うじゃない!』って電話をかけたら、『お前の背中なんか、誰が見たいか!』って怒られたんですよ。

(玉袋筋太郎)かぁー!

(赤塚りえ子)その時に『あ、これがプロの世界なんだな』と思って。『私が甘かった』と。

(玉袋筋太郎)(笑)

(小林悠)いや、それを納得するのも素晴らしい!すごいです。

(玉袋筋太郎)ねえ。小林さんもヌードだよ。

(小林悠)いや、言われても、誰に言われてもできないですよ。すごい。本当にすごいです。

(玉袋筋太郎)ねえ。もう全ての生活をギャグにしたっていうところでね。でも、晩年はちょっと体調を崩しちゃって。

晩年の赤塚不二夫

(赤塚りえ子)そうですね。お酒をかなり飲んでいたので。

(玉袋筋太郎)幻覚とかね。

(赤塚りえ子)ああ、見てましたね。

(小林悠)お酒をやめると幻覚が見えるんですか?

(赤塚りえ子)そうですね。ずーっと飲んでますので。もう依存症になっているので。お酒をやめるといろんなものが動き出したり・・・

(玉袋筋太郎)わかります。いや、『わかります』って(笑)。

(赤塚りえ子)ちょっと(笑)。

(玉袋筋太郎)あとちょっとだ。『あとちょっとだ、俺も』って(笑)。

(小林悠)ダメです。ダメです。それでも、赤塚不二夫さんの残したものというのは、本当に偉大でして。

(玉袋筋太郎)改めて、どうですか?今年、生誕80周年で、娘さんから。もうね、知らない人、いないですからね。

(赤塚りえ子)うれしいです。

(玉袋筋太郎)お父さんはいなくなっても、でも、バカボンはいるんですよね。

(赤塚りえ子)うれしいです。父が言っていたんですけど、作者がいなくなっても作品は生き続けていくんだっていう風に、父がインタビューで言った言葉をすっごく実感してます。本当、漫画の中に父が生きてますし、漫画が読まれていくことで父がずっと生き続けているっていう。いまでもだから、体はなくなっちゃってますけど、なんか父が生きているっていうのが実感できるのがすごくうれしいです。

(玉袋筋太郎)そうですよね。

(小林悠)玉さんもほら、お読みになりました。私も読みましたけど。この『赤塚不二夫 実験マンガ集』っていうのを私、読んだんですが。たとえば、『読んでいる人をイライラさせる漫画』っていって。コマが急に2ページほど進んだりとか。で、また戻ったりとか。本当に実験的な作品を。



(玉袋筋太郎)ページ1ページ、バカボンだからね(笑)。

(小林悠)そうそう!普通じゃ考えつかないような展開があって。私、びっくりしました。現代アートだなという風に思いましたけどね。

(玉袋筋太郎)うん。

(小林悠)しかも、この本もそうなんですが。『赤塚不二夫の「バカ」に 学ぶ』という作品。こちらも絶賛発売中でして。これは放送作家の高平哲郎さんですとか、フォークシンガーの三上寛さん。あとはタモリさんの話もそうですし。そういった親交のあった人々が、その凄さについて語っているご本となっております。



(玉袋筋太郎)やっぱね、なんだろう?角が立たないね。角が立つって嫌じゃないですか。なんか。角が立たないもんね。赤塚先生っていうのは。

(小林悠)何をやっても愛される方っていうことですよね。

(赤塚りえ子)ありがとうございます。

(玉袋筋太郎)そりゃ、離婚したって角が立ってねえんだからさ。どうなんだろう!?

(赤塚りえ子)(笑)

(小林悠)ずっと円満ですもんね。

(玉袋筋太郎)神様だな。うん。

(小林悠)そしてさらにさらに、赤塚りえ子さんの『バカボンのパパよりバカなパパ』という作品、文庫本になりました。こちら、昨日発売されたばかりなんですね。



(赤塚りえ子)はい。発売されました。

(小林悠)秘蔵の写真もたくさん出てますね。

(赤塚りえ子)そうです。また、5年前に出た単行本の文庫化なんですけども。そこにまた新たな爆笑エピソードや、いろいろな写真も、新しい写真も収録して文庫本になって、幻冬舎から出ております。よろしくお願いします。

(玉袋筋太郎)読書の秋に、これ読んでバカになっていただきたいですよね。バカっていい言葉だな!

(赤塚りえ子)大好きです(笑)。

(玉袋筋太郎)俺も!うん。

(小林悠)褒め言葉ですから。

(玉袋筋太郎)そういうことよ!

<書き起こしおわり>