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 2017年春、将棋界のスーパースターがコンピューター将棋ソフトと対戦するかもしれない――。将棋ソフトとプロ棋士が対戦する第1期電王戦二番勝負がソフト側の2連勝で終わった22日、主催のドワンゴは来年春の電王戦に出場する棋士を決める第2期叡王戦に、羽生善治王座(名人・王位・棋聖)が参加すると発表した。羽生王座が優勝すれば、公の場で初めて将棋ソフトと対戦することになる。

 プロ公式戦の叡王戦はエントリー制で、羽生王座は第1期には参加していない。理由は明かしていないが、棋士のなかでも圧倒的な実績と知名度を誇る羽生王座が将棋ソフトに敗れた場合の影響を考慮したうえでの判断だったと思われる。

 だが、囲碁界で米グーグルが開発した人工知能(AI)「アルファ碁」が今年3月、世界屈指の棋士、韓国の李世●(石の下に乙、イ・セドル)九段と対戦し、4勝1敗で圧倒したことで、風向きが変わった。囲碁のトップ級棋士がAIに敗れたことで、「羽生対コンピューター」実現に向けたハードルはぐっと下がった。

 羽生王座は今月下旬に始まる第2期叡王戦の予選の1つ「九段戦」に出場する。2連勝すると、16人による本戦トーナメントに出場でき、ここで3連勝すれば、決勝三番勝負に進出。先に2勝すれば、最強ソフトを決める次の「将棋電王トーナメント」の優勝ソフトと来年春に二番勝負を戦うことができる。道のりは楽ではないが、羽生王座は優勝候補の最右翼だ。

 羽生王座対最強ソフトの対戦が実現すれば、将棋ファンのみならず、世間の注目を集めることは間違いない。電王戦・叡王戦を主催するドワンゴ川上量生会長は羽生王座の叡王戦出場について、「びっくりした。聞いたときは体が震えた」と22日の記者会見で語っている。

 日本将棋連盟会長の谷川浩司九段も「そういう時期になったということだろう。羽生さん本人がどう思ったのか、どんな関心があるのか、私にはわからないが、大きな話題になることは間違いない。今回の第1期電王戦ではプロ棋士が2連敗したので、来期はプロが挑戦する立場になる」と話している。

 羽生王座と同世代の棋士先崎学九段は、将棋ソフトが棋士代表の山崎隆之八段に完勝した電王戦第1局の観戦記で、次のように書いている。

 「敵が上だ。仕方ないのだ。そしてもう昔には当然ながら戻れない。だからといって棋士達がコンピュータとの対決を嫌がるかというと、むしろ逆である。そもそも棋士は、自分より強い者と闘うのが好きなのだ。そりゃ負けるのは嫌だ。だが強い相手に立ち向かってゆくのは、喜びでもあるのである。そうした『よい精神』を棋士は皆持っている」

 「強い相手と戦えたことは、棋士として最高の喜びだった」。アルファ碁に敗れた李九段はAIとの対局をこう振り返った。これは負け惜しみではない。日本囲碁史上初の7冠独占を達成した井山裕太王座も「人間界とは違う世界が、コンピューターには見えているのだろう。純粋に対戦し、体感してみたい気持ちはある」とインタビューで語っている。日本の第一人者をして、戦ってみたいと言わしめるほどAIが強い証拠だ。

 こうしたAIの進化を目の当たりして、羽生王座が棋士としての闘争本能をかき立てられたとしても不思議ではない。さらにいうなら、トップ棋士ならば誰もが抱く「(囲碁や将棋の)真理を究めたい」という理想に近づくためには、AIとの対戦は避けて通れないということになったのだろう。(神谷浩司、山川公生)